しゃけのおにぎり。

好きなモノを好きなだけ。

つばクリss 「流星」

「流星群くるんだってー」
「流星群?いつ?」
「今日が一番見れる日だって」
「えーいいなー夜更かししようかなー」
 一日の授業が終わり、段々と人が減っていく中でいつになくざわついている教室。
 身支度を終え、自分もまた帰ろうとした時にそれは耳に入った。
「流星群か……」
 流星群。それは大小問わず、そう年に何度もみれるものではない。人々にとってロマンチックなものの代表格ともいえるイベント。
 噂の規模からして今回のは相当大きいのだろう。放課後だというのにお喋りに花を咲かせ、中々クラスメート達は帰らない。そんな中でクリスは一人、お気に入りのストラップがついた鞄を手に夕日に染まった廊下を歩いた。
 あまり人がおらず、陽が暮れるにつれて段々と影が伸びていくこの時間がクリスはあまり好きじゃない。誰に言われているわけでもないのに、誰かに急かされているようにその足を早める。校舎を出ても、通り過ぎる下校途中の生徒を見るたびに、一人は気楽で良いが、独りはもう嫌だと心が叫ぶ。
「もうひとりじゃ無いってのにな……」
 そう、もう雪音クリスはひとりではない。かけがえの無い仲間達が居る。そんなことは分かっている。
 それでも。
「情けないったらありゃしねぇ。こんなとこ誰かに見られでもしたら……」
 頬をあたたかな雫が伝う。流れ落ちた雫は石畳の道に落ち、ぱたと音を立てた。
 両親を失ってからここに至るまでの孤独な数年間で染み付いたものは大きい。特にそれが成長期や思春期であったのだから、なおのこと。忘れたくとも、身体に癖として残っている。ひとりであることの悲しさを。
 クリスは人通りの少ない道を全力で駆けた。溢れる涙もこみあげてくる気持ちも何もかも分からないくらい、無我夢中で駆けた。こんな顔は誰にも見られたくない。

 どれほど走ったのか、気付けばあたりは暗かった。真っ暗な上に、見知らぬ場所に来てしまっていた。何か明かりを、と思い取り出したケータイの電波は立っていなかった。。
 木々に囲まれたその場所は高台にあり、遠くに海も見える。クタクタの脚を休ませようと車道の脇にある大きな木の根本に腰をおろし、ケータイで明かりを照らしつつ休んだ。
 ここが何処かもわからず電話も出来ない状態でどうすればいいんだ?もう誰かに迷惑をかけるのはまっぴらごめんだ。でもどうやって帰るんだ?きっとどこかにバスかタクシーがあるはずだ。最悪歩いて━━
 疲労による眠気に襲われながら自問自答を繰り返していると、遠くからエンジン音が聞こえてくる。耳を澄ますと、そのエンジン音はこちらに向かってくるもののようだ。
「この音、車じゃないな……」
 車にしては騒がしすぎるその音はどこかで聞き覚えがあったものの、くたくたのクリスの頭では思い出せなかった。そうしている間にもエンジン音は近付いてくる。ああ、起き上がらないと━━
 もうすぐそこまで爆音が響いている。そんな中で、雪音クリスの記憶は途絶えた。


 暗闇の中で歌が聞こえていた。
 涼しげで、それでいて力強く、慈しみすら感じられるようなその声は、どこかで聴いた覚えがあった。
 暗闇はどこまでも続いていた。光らしきものはどこにも無く、歩く床はひどく冷たい。まるで氷の上を歩いているかのようだ。刺すような冷たさに、歩くことをやめてしまいそうになる。
 ここは……どこだ……?
 声に出したつもりが、出ていない。声が出ない。呼吸は出来る。息苦しさも無い。ただ声は出ない。暗闇のなかで響く歌だけを頼りにひたすら冷たい床の上を歩く。
 帰らないと……。
 ただ漠然とそう思う。
 どこに帰るというのだろう?どこに帰る場所があるのだろう?
 ひとりは嫌だなぁ……。
 涙が一筋こぼれたところで、居心地の良いその歌は途絶え、代わりにあたたかいものが頬に触れた。
 その瞬間、暗闇に光がさし始めた。あたたかな光だ。眩しい光に思わず目をつむると、先程まで響いていた声の主が気付く。
「起きたか、雪音」
「ん……?」
 ぼやける視界の中で見つけたのは他でもない翼だった。頬に添えられているのは翼の手らしい。というか、芸能活動で忙しく飛び回っているはずの彼女が何故ここに…?
「せん…ぱい…?」
「まだ寝ていてもいいぞ。迎えを頼んでいるがもう少しかかりそうだ」
「いや……」
 起き上がろうとして、気付く。自分が枕としていたのが、翼の膝であったことに。
 クリスは素っ頓狂な声を上げ、完全に目を覚まし飛び起きた。翼はというと、クリスの声に少し驚く顔を見せただけだった。
「なっなななな……」
「唐突に何だ」
「何だはこっちのセリフだっつーの!」
 耳まで赤くしたクリスは寝起きだというのにわなわなと震えている。言葉を発しようとしても、口がうまく動かない。
「全く、せっかく雪音を探しに来たというのに、あまりに気持ちよさそうに寝ていたものだから邪魔が出来なくてな。隣に座ったらそのまま私の膝に崩れ落ちて来たのだ。……まぁ、ほんの十分ほどだ」
 クリスは翼の話にまた顔を赤らめたものの、なんとか踏みとどまり、落ち着きを取り戻そうとする。震えの止まった唇で、精一杯の言葉を紡ぐ。
「あり、がと………」
「礼はいい。仲間なら当然の話だ」
「仲間……」
「どうかしたか?まさか具合でも━━」
「いや!あたしは大丈夫だっ!そう、大丈夫……何でも…ねぇ…」
「……そうか」
 すうっと透明なものが頬を流れ落ちるが、学校や夢で流したものとは意味が違う。そのことを知ってか知らずか、翼はクリスの頭を優しくゆっくりと撫で、抱きしめた。
「雪音は、もう少し人に頼ることも覚えないとな」
「なっ…」
「頼れる人がたくさんいる時は頼るべきだ。ヒトは弱い。どうしようもなく弱い。一人では何もできない生き物だ。だから一人で背負い込んでもどうにもならない。何でもいい、誰かと共有して、喜び、悲しみ、その一瞬一瞬の気持ちや起こす行為そのものを大切にするべきだと、私は立花たちから学んだ」
 だから、雪音も。
 囁くように呟き、声を殺して泣きじゃくるクリスを、母が子にするように背中を撫でつける。
「今はいい。雪音は、一番泣くべき時に泣けず、頼るべき時に頼れず、苦しみの中を生きてきた。だが今は違う。だからもっと泣いていい、頼っていいんだ。そのために私たちは居る。いや、それが仲間だ。一人で抱え込むな。雪音はもうひとりじゃない」
「せん、ぱ……」
「ん?あぁ、苦しかっ━━」
 翼がクリスの身体を離そうとすると、今度はクリスが翼をぎゅっとして離さない。
「ゆ、雪音?」
「もう少し」
「え?」
「もう少しだけこのままで居させて欲しい」
「……仕方ないな」


 星が流れる夜、月の輝きをした髪を持つ体中に傷を負った少女は朦朧とする意識の中で願い事をした。
 その願い事はずっと叶うことはなく、瞬く間に数年が過ぎ、その願い事をした7年後、ようやく願い事は叶った。
 そしてその1年後、少女は再び願い事をした。どんな願い事かは分からない。しかし、前とは違い彼女は笑顔だった。幸せそうな笑顔で願うことはきっと、そう遠くない未来に訪れるに違いない。